優しい表情を浮かべる『アドルフ・ヒトラー』の写真
http://mediabox.blog38.fc2.com/blog-entry-5171.htmlいきなり大上段から振りかぶりますが、国家に正義なんてものは何処かにあるのでしょうか?
或いは国家に悪というものはあるのか。
よしんばあったとしても、それは誰が公正に判断できるのか。
それを決定的に明確にしたのが第二次世界大戦でした。
すなわち東京裁判です。
連合軍は事後法で敗戦国として日本を裁いた。
戦争が終わった後に自分たちに都合よく法律を作り、それで日本を裁いたのです。彼らは今でも似たことをやってますね。
だったら、戦争で勝ちさえすれば何をやってもいい。理由は後付けでどうとでもなる・・・となります。
それを当時の先進国はこぞって加担してしまった。
その結果、近代以来構築してきた法の正統性が失われてしまった。。。のだそうです。
だったら、独裁者は果たして悪い存在なのか。
それは誰が決めるのか。
民衆が独裁者のおかげで生活が良くなっているのだったら、それは非難されるものなのか。
現在の中近東はいわば「中世」なのに、民主主義を持ち込むことが正解なのか。
つまりは歴史を色眼鏡で見てるってことなんでしょうね。
今回は優しい表情を浮かべる『アドルフ・ヒトラー』の写真という記事を見つけました。
http://mediabox.blog38.fc2.com/blog-entry-5171.htmlヒトラーが普段から優しいイメージがあれば、こういう記事のタイトルにはならなかったでしょう。
言いかえると、悪の枢軸のフューラーとしてのイメージを大多数の人が持ってるということになる。
狂気の人。独裁者。そんなイメージ。
そしてそういうイメージを無定見に受け入れている時点で我々は情報弱者です。
他人の都合の良い言い分を聞かされて信じ込まされてる。
ヒトラーは戦争末期は奇行も多かったようです。
暗殺も多発した位だから、国内からも反発が出ていたのでしょう。
けれど、彼は曲がりなりにも選挙で選ばれてます。
そして第一次世界大戦後のハイパーインフレが起こったドイツを経済的に立て直した。
そんな彼は求められて世に出たわけです。
彼が世に出る遠因を作った方は何も問われないのか。
それじゃまるでいじめられっ子はいじめられるから悪い・・・と同じ理論です。
いじめっ子が悪いに決まってる。
なのに、我々はいじめっ子の言い訳イメージを疑いもせずに受け入れてるんですよね。
日本人は悪いことをした。
そう信じ込まされてるからいつまでたっても愛国心も自尊心も持てない。
自殺者はまだまだ増える・・・と。
つまるところ、歴史は見方が変われば解釈もかわるもの。
絶対評価なんてありえません。
バランス良く解釈できて自分の意志で判断できる人は社会を動かす立場の人間になるでしょう。
逆に歴史の解釈だけでなく世の中の常識やイメージをそのまま受け入れて信じてしまう人は、結局誰かに使われたまま生きていくことになる。
使われる先がまともならまだ救いはありますが、これが変な宗教だった暁には・・・。